新型コロナウイルス感染症拡大による生活変化が

       日本国民のメンタルヘルスに及ぼす影響

The mental health impact of COVID-19 in Japan

​本研究のまとめ

・緊急事態宣言下(2020年4月7日~2020年5月14日)における人々の心理的ストレスについて,オンラインアンケート調査を実施した(アンケート実施期間:2020年5月11日〜2020年5月12日)。

・最初に緊急事態宣言の対象となった7都道府県在住の10代から80代の男女11,333人から回答を得た。

・対象者のうち,36.6%が軽度から中程度の心理的ストレス(K6 score = 5-12)を感じており, 11.5%が重度の心理的ストレス(K6 score ≥ 13)を感じていた

・また,17.9%の人々が治療を要する抑うつ状態(PHQ-9 score ≥ 10)にあった(これに対して,2013年の調査データでは,治療を要する抑うつ状態は,7.9%の人々であった(Hoshino et al., 2018))。

過去10年間の国民生活基礎調査の結果と比べ,うつや不安などの心理的ストレスを感じている人が大幅に増加していた

・医療従事者や精神疾患の既往歴がある者,若年者や女性,学生などにおいて,特に心理的ストレスが高い傾向にあった。

・自粛生活での心理的ストレスに関する危険因子として,  特に「孤独感」「フラストレーション」「新型コロナウイルス感染症に関連する不眠や不安」が示された。

・一方で,保護因子としては「健康的な睡眠習慣」と「生活・将来への前向きな態度(楽観性)」が示された。

・人工知能技術により,  重度の心理的ストレスを示す人々の背景には, 「孤独感の高さ」「身近な人との関係の悪化」「新型コロナウイルス感染症に関連する不眠や不安」「家計の悪化」「自粛生活中の仕事や学業における支障」といった多様な困難状況があることが示された。

我が国の自粛生活(マイルドロックダウン)下でのメンタルヘルスの保持増進には,様々な困難状況に合わせた柔軟な対応が必要であり,官民一体となった領域横断的な支援が重要であることが示唆された。

本研究成果は,以下の論文にまとめられて,2020年7月17日に『medRxiv』で公開され,国際学術雑誌『International Journal of Environmental Research and Public Health』にて公刊されました。

 

The psychological impact of ‘mild lockdown’ in Japan during the COVID-19 pandemic: a nationwide survey under a declared state of emergency

Tetsuya Yamamoto, Chigusa Uchiumi, Naho Suzuki, Junichiro Yoshimoto, Eric Murillo-Rodriguez

Int. J. Environ. Res. Public Health 2020, 17, 9382.

doi: https://doi.org/10.3390/ijerph17249382

なお,上記のデータの性質や調査用紙等の詳細については以下の論文にまとめられており,国際学術雑誌『Scientific Data』にて公刊されました。

A real-time survey on the psychological impact of mild lockdown for COVID-19 in the Japanese population 

Nagisa Sugaya, Tetsuya Yamamoto, Naho Suzuki, Chigusa Uchiumi

Scientific Data, I7, Article number: 372 (2020).

doi: https://doi.org/10.1038/s41597-020-00714-9

本研究プロジェクトは今後も継続することが予定されており(他2報の論文を投稿中),現在は2回目の緊急事態宣言下(2021年1月発令)において行われた追跡調査の解析が進行中です。

また,3回目の緊急事態宣言下(2021年4月発令)においても,追跡調査の実施を予定しております。

主な結果

(1)うつや不安などの心理的ストレスを感じている人が増加している

 緊急事態宣言下における, うつや不安等の心理的ストレスの度合いを評価するために, 日本語版K6と,日本語版PHQ-9への回答を求めました。日本語版K6の調査結果においては,調査対象者の3分の1以上にあたる36.6%の人が軽度から中程度の心理的苦痛(K6 score = 5-12)を感じており, また11.5%の人が重度の心理的苦痛(K6 score ≥ 13)を感じていることが示されました。さらに,日本語版PHQ-9の結果においては,17.9%の人が治療を要する重い抑うつ状態(PHQ-9 score ≥ 10)にあると推定されました(なお,2013年の一般的な成人を対象とした調査データでは,治療を要する抑うつ状態の割合は7.9%であったことが報告されています(Hoshino et al., 2018))。

 上記の日本語版K6は, 厚生労働省による国民生活基礎調査でも使用されています。調査結果を比較すると, 過去の調査時よりも緊急事態宣言下で心理的苦痛を感じている人が大幅に増加していることが分かりました(Figure 1)。また,医療従事者,精神疾患の既往歴がある者,若年者・青年者(18-39歳),女性,学生,特定の所得層(200万円以下)などにおいて,特に心理的ストレスが高いことが示されました(Figure 2)。

日本における心理的苦痛の年代比較

Figure 1. 日本における心理的ストレスの年代比較

医療従事者、各年齢層、精神・身体疾患の既往の有無における心理的ストレス

Figure 2. 医療従事者、各年齢層、精神・身体疾患の既往の有無における心理的ストレス

(2) 心理的苦痛の主な危険因子は,孤独感やフラストレーション,新型コロナウイルス感染症に関連した不眠や不安であった。一方,健康的な睡眠習慣と,生活変化に前向きな態度であることは心理的苦痛の保護因子となりうる

 心理的苦痛の危険因子とその保護因子について調査しました。調査の結果, まず危険因子となる心理的変数としては特に,孤独感やフラストレーション, 新型コロナウイルス感染症による不眠や不安が挙げられました。人口統計学的変数としては, 精神疾患の治療歴のある者や,若年・青年層(18~39歳), 女性が挙げられ, 軽度〜中等度の心理的苦痛においては医療従事者であることも危険因子となっていました。

 一方で, 保護因子となるものとしては, 健康的な睡眠習慣と, 生活・将来への前向きな態度(楽観的)であることが挙げられました。

Table 1. 緊急事態宣言下の心理的ストレスと関連する要因

(多項ロジスティック回帰分析の結果)

Figure 3. 心理的苦痛と関連する心理社会的変数の相互作用構造

(3)心理的苦痛の背景には,孤独感,対人関係,家計,仕事・学業の状況など,多様な要因による状態像が混在している

 心理的苦痛の重症度と心理社会的変数間の相互作用動態を可視化するために,人工知能技術の一つであるノンパラメトリックベイズ共クラスタリングを使用し, 関連構造を網羅的に抽出しました。

 分析の結果, 重度の心理的苦痛を感じている層で構成されたクラスターの主な特徴として, 孤独感の高さや, 家族や友人等との対人関係の悪化, 新型コロナウイルス感染症による不眠や不安, 家計の悪化, そして緊急事態宣言以降の仕事・学業における支障が示されました。

 一方, 低い心理的苦痛を示す層で構成された最も大きなクラスターでは, 緊急事態宣言以降の仕事・学業における支障が顕著であったものの, 生活変化に対して前向きであり, オンラインでの交流を多く行っていたり, 健康的な睡眠習慣を維持したりしていることが分かりました。

心理的苦痛と関連する心理社会的変数の網羅的相互作用構造.png

今後の展望

 

 本調査では, 緊急事態宣言下における心理的苦痛の度合いと, その危険因子や保護因子について調査し, 心理社会的変数の相互作用構造を可視化しました。

 日本で実施された緊急事態宣言下での外出自粛要請(マイルドロックダウン)は, 諸外国で行われたロックダウン(都市封鎖)とは異なり, 法的な強制力のないものでしたが, 人々の精神的健康に影響を及ぼしたことが分かりました。

 心理的苦痛に関係する要因は多様であったことから, 個人に最適なサポートを提供するための統合的なアプローチが重要であることが示されました。行政機関と, 産業, 医療・福祉, 教育などの各領域の機関が協力し, それぞれの枠組みを横断した柔軟な働きかけが必要だと言えます。

​(文責:鈴木菜穂・山本哲也)